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2008年4月 7日 (月)

後出しジャンケン

みなさん、こんにちは!

さてそろそろ会計士が忙しい季節がやってきましたね。

会計士は普通この4月後半から5月くらいが忙しいのです。

しかし僕は、パブリックセクター部門と普通の監査部門の兼務スタッフです。

それにより、なんと4月後半から6月まで繁忙期ということになっております。

長い間、残業代を稼がせていただきます。。笑。

長時間労働は、はっきり言って癖になるのであまりしたくないのですが。

前の仕事でも、何かうまくいかないことがあれば

「まぁ、残ってやるか。」という発想に陥ってしまいがちでした。

こんなんじゃいつまで経っても、日本の労働生産性は・・・。

という側面もありますが、一生懸命になって夢中で仕事しまくるのも

よいことですよね。

ここでのキーワードは「受動でなく能動」だと思います。本当に。

それはともかくです。今日は「謙虚な態度」について語ります。

え?後出しジャンケンに関してじゃなかったの?とお思いでしょう。

まぁ、ちゃんと繋がりますので、根気良く読んでくださいね。

初対面の時、あなたは相手に対してどのような姿勢でいきますか?

謙虚に?あるいは偉そうに?それとも相手の出方次第ですか?

今日は、これについて自分がどう出るのが一番いいのか、検証してみましょう。

謙虚な人も、偉そうな人も、味方につける価値あり。

まず、偉そうな態度の人と謙虚な態度の人のどちらが「できる人」なのか。

これは一概にどちら、とは言えません。

しかし、人というのは100年生きる中で、この世の森羅万象のうちの1%も学ぶことができません。

知らないことだらけで死んでいくのです。

脳についても。人は死ぬまで必死こいて勉強しまくっても、せいぜい脳の3%しか使わないといわれます。

そんな事実がありながら、どうして偉そうな態度をとることができますか?

「目の前の相手から、1つも得ることがない。」

そんなことがあるはずありますか?

つまり偉そうな人というのは、独断ですが「もう学ぶ気がない人」と同義です。

ただし、偉そうな人に限って人事権がそれなりにあったり面倒見がよかったりするのも事実です。

そこにも注意しながら読み進めてください。

自分が先に謙虚な態度を振舞うに越したことはない

さて、後出しジャンケンのようなイメージで次の表を見てください。

こちらの態度の出方によって決まる、今後の関係を示しています。(もちろん独断)

ここでは簡単にするために、

・相手の見た目がこわそうだったら腰を低くする人

・相手の見た目が弱そうだったら威圧的になる人

・謙虚で腰が低いのではなく、ただ単にペコペコしてしまう人

・・・・・etcを除外し、代表的なタイプで考えます。

 

 

相手

 

 

誰にも謙虚

相手と同じ
手を出す

誰にも偉そう

傲慢


誰にも
謙虚

良好+

良好+

良好+

言いなり

相手と同じ手を出す

良好

微妙

つながらない

最悪

誰にも
偉そう

良好

つながらない

微妙

最悪

見ていただいた通り、かなり独断と偏見によります。笑

この表に信憑性があるとして、どういった態度がより良いのか。

やはり謙虚な態度ですね。

大事なことは、後出しを狙わない

相手の出方を見て、こちらの態度を決める。

この方法、結構多くの人がとっています。

相手が謙虚な人であれは、まぁ良好な関係は築けるでしょう。

しかし、上の表を再度見てください。

こちらが「誰にも謙虚」である時の関係を、普通の「良好」と区別するため「良好+」としました。

どういう意味を込めてるかといいますと、

「相手の出方を見てからの態度には、タイムラグがあり、思索がある。相手は意外にこれに敏感であり、直感的に見抜くであろう。」

ということです。

つまり、後出しを狙わない!

本当に相手と良好な関係を築きたいなら、自分から、後出しではなく、謙虚な態度で臨みましょう。

【まとめ】

長々と書いてきましたが、言いたいことはとてもシンプルです。

私たちが相手にする「人間」の態度は、大きく分けて謙虚か偉そうかです。

そして、どちらのタイプの人も、人脈としての価値はあります。

その価値を享受するため、良好な関係を築くには自分から謙虚な態度で接して

いただきたいということです。

とはいえ私もうっかり相手の出方次第になってしまいます。

一緒に頑張りましょう・・・。

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コメント

内容の濃いブログに敬服いたします。

僕がコミュニケーションで念頭においている事は、

「自分を理解してもらう前に、まず相手を理解する」

という事です。

何で読んだのか、「思い」というのは目に見えない粒子となって相手に伝わるという本に出会った事があります。

確かに機嫌が悪い時、抑揚している時等の感情の様々な変化に相手或は自身が顔を見ずともキズく事がよくあります。


「口に出さずとも粒子となって相手に伝わってしまうのであれば、思いさえも対人関係においては気を配らなくてはいけない」

これを私は常に念頭においています。

自分よりまず相手を理解する。

相手が威圧的でも謙虚。

自利利他。

自分の視野ではなく全体から俯瞰する。

私も24時間はできてません(笑)

成長し、そうありたいものですね。

投稿: りゅう | 2008年4月10日 (木) 00時59分

>りゅうさん

思いが、見えない粒子に。。
かなり思い当たるフシがありますね。。。

おっしゃるとおり、謙虚に越したことはありません。
毎日アンテナを張って生きているというのなら!
謙虚であるべきでしょう。でないと矛盾ですからね。

コメントありがとうございますー!

投稿: トラポコ | 2008年4月14日 (月) 16時10分

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